北京〜ラサ(列車)西寧〜ラサ(列車)チベット百科会社案内中国旅行の必見人気サイト・旅チャイナ


西寧〜ラサに加え北京〜ラサの列車のチケットの手配始めました!! 詳しくはこちらへ。
 

チベットへのお誘い

青海チベット鉄道
(北京〜ラサ)

青海チベット鉄道
(西寧〜ラサ)

航空券
(成都〜ラサ)

日本語定期ツアー
ラサ〜カイラス・ツアー
ラサ〜カシュガル・ツアー

チベット百科
◇オムマニベメフム
◇観音菩薩
◇バターの灯明
◇五体投地
◇ツアンバ
◇地理・気候
◇高山病
◇ヤルツァンポ河
◇一妻多夫(準備中)
◇歴史年表

会社案内・プライペートポリシー・免責

旅チャイナ
当社の日本代表である
「旅チャイナ」のサイト

.

 チベットへのお誘い

 チベットは強い磁力をもって私たちを引き付けます。

 寺にも家にも屋根には五色のタルチョが掛けられ、風に揺れます。タルチョに書かれた経文も風に揺れます。
 五体投地で、何ヶ月もかけ、ラサに巡礼をする人々に出遭います。ポタラ宮やジョカン(大昭寺)の暗い霊堂で燈明を捧げ、一心に祈る人々に出遭います。
 チベットは祈りの王国。街にも寺にも家にも濃密な祈りが満ちています。

 チベットは非常に魅力のある場所ですが、旅行者にとって、中国の他と地域にはない二つの関門があります。
 ひとつは入域に特別な許可が必要なこと。もうひとつは高度障害です。
 その意味で、チベットへの旅行は慎重な計画、余裕のある日程、信頼のできる旅行社の選択が重要です。
 私たちは、成都にある旅行社です。チベットの旅行事情に精通した地元の旅行社としてチベットを目指す日本の皆様、特に団体のツアーに参加するのではなく個人で列車や航空券を入手したいとお考えの皆様のお役に立ちたいと願っております。どうぞ、私たちをご活用下さい。そして、安全で心に残るチベット旅行をお楽しみ下さい。

 当社ではチベット・ツアーに関し、次のようはラインナップで皆様のご利用をお待ちしております。企画に関しては(有)旅チャイナのご協力をいただき、また、日本でのお客様との契約・対応の窓口としては(株)パシフィックリゾートのご協力をいただいております。

チベット入域許可+北京〜ラサの列車チケット: 33,500日本円より
チベット入域許可+西寧〜ラサの列車チケット: 32,000日本円より
チベット入域許可+成都〜ラサの航空券: 66,900日本円
ラサ〜カイラス定期ツアー: 22,400中国元
ラサ〜カイラス〜カシュガル定期ツアー: 34,500中国元

チベット入域許可書についての重要なお知らせ(必ずお読みください)
入域許可書はラサの旅行社からラサの旅游局に申請をしていますが、旅游局の管理・審査が厳しくなっており、ラサに出入りするための航空券・列車のチケットだけの手配では申請できなくなっております。そのため、チベット内の手配として少なくとも、@ラサ空港またはラサ駅でのミート〜ホテル送りAラサ到着日の一泊のホテル、の手配をご依頼いただくようお願いをしております。詳しくは「チベット入域許可書についてのお願い」をご覧ください。

緊急のご連絡:
外国人へのチベット自治区への入域は6月25日以降許可されるようになりましたが、日本の外務省が発出しておりますチベット自治区ラサ市への渡航に対する危険情報が解除されておりません。こうしたことから(株)パシフィックリゾートでは、当面、8月31日までのラサへの列車などの手配の受付を中止しております。それ以降については今後の動きをみながら決定していくとのことです。ご理解ご了承のほどお願いいたします。
(2008年7月16日更新)

↑ ページのトップへ

 青海チベット鉄道 (北京〜ラサ)
 ここでご紹介するのは北京〜ラサ直行の列車の手配です。
 2006年7月に運転を開始した西蔵鉄道は中国の内外で大きなブームとなり席の予約がしにくい状況でしたが、当社としては先ず2006年10月に西寧〜ラサの席の予約からサービスを始めました。予想以上の反響があり、また、手配上もスムーズに席の確保ができております。
 このたび、北京〜ラサの列車の手配についても、北京駅とのパイプもでき座席の確保、入域許可書の取得について問題のない段階まできましたので2007年2月より予約の受付を始めることにしました。
 大陸を悠々と旅する列車の旅であること。そして、西寧経由に較べて国内航空線を利用しない分、かなりの割安になること。オススメです。

 列車は中国大陸を西へ西へとひた走ります。黄土高原のなかを石家荘、西安、蘭州を経て西寧への向かいます。西寧を出た列車は、方向を南に転じ青蔵高原に入ります。そこからは標高4000メートル以上の高原を走りつづけることになります。崑崙山、唐古拉山を越えて行きます。この列車最大の見せ場と言っていいでしょう。唐古拉山口駅は、標高5072メートル。世界一高い場所にある鉄道駅です。
 全長4000キロ、48時間の旅です。世界の「列車愛好家」にとっても、また、中国大陸をゆっくりと列車に揺られながら旅したいと考えている「旅行愛好家」にとっても一生に一度は乗ってみたい列車と言えましょう。

 列車には四種類の席があります。軟臥と硬臥と軟座と硬座。
「軟」は一等、「硬」は二等。「臥」は寝台、「座」は座席。その四つの組み合わせになります。
 <軟臥>:4人一部屋のコンパートメント。二段ベッド
 <硬臥>:三段ベッド。部屋にはなっていません
 <軟座>:一等の座席
 <硬座>:二等の座席
 このすべての種類の座席の手配を承ります。

 お申し込み・ご契約に関しては、当社は中国の旅行社でありますので、お客様の利便性を考慮し日本の旅行業法に定める登録旅行社である(株)パシフィックリゾートへのお申し込み・ご契約をお願いしております。

チベット入域許可申請代行
費用:「チベット入域許可書」申請の代行 プラス
 @北京〜ラサ片道の列車軟臥席=49,500円
 A北京〜ラサ片道の列車硬臥席=42,500円
 B北京〜ラサ片道の列車硬座席=37,200円
 C北京〜ラサ片道の列車硬座席=33,500円

■北京西駅始発ラサ行きの列車は毎日運行されております。
 北京西駅発は21:30。ラサ着は翌々日の午後20:00。48時間の列車の旅です。
■中国国内の大型連休にあたる4月28日〜5月7日、8月1日〜31日、9月28日〜10月7日の乗車分については、各座席3,000円のアップになります。

申請に必要なもの:パスポート番号、ビザ番号、生年月日、職業、チベット内での日程、パスポートコピー
申請に要する日数:2週間
チケットの受領場所:北京
入域許可書の受領場所:ラサ到着時
取り消し料規定:ご入金後、北京出発日の7日前までは50%
ご入金後、北京出発日の6日前以降は100%
お申し込み:(株)パシフィックリゾートへのお申し込みになります。
こちらの「申し込みフォーム」からお願いします
お問い合わせ:(株)パシフィックリゾート内に当社の日本事務所を設置しています。
どんなことでも結構です。こちらへメイルでお問い合わせ下さい。

《お申し込みの流れ》
@ お申し込み(株)パシフィックリゾートへのお申し込みになります。
こちらの「お申し込みフォーム」から申し込みください。
A お振り込み@「お申し込みフォーム」を受け取り次第、(株)パシフィックリゾートより日本でのお振り込み銀行をご連絡します
A費用全額をお振り込み下さい
B 現地での申請・手配@日本でのお振り込みが確認され次第、現地にて入域許可書の申請と列車のチケットの手配を行います
Aお振り込み後の取り消しは、当件に関する(株)パシフィックリゾートの取り消し料規定によります。
C チケットの受領@北京到着後、現地旅行社にてチケットをピックアップ、
Aまたラサにて入域許可書をお受け取りいただきます。

《オプション》
(1)ホテル
ラサ三星ホテル(香巴拉酒店など)1 TWIN 8,000円
  (但し8月は12,000円)

(2)ラサからの航空券手配
ラサ〜成都: 28,500円(燃油サーチャージ込み)
ラサ〜北京: 44,300円(燃油サーチャージ込み)
ラサ〜広州: 45,400円(燃油サーチャージ込み)

(3)ラサでの観光(昼食付き)
ラサ市内(ノルブリンカ、ポタラ宮、大昭寺、八角街)
 @二名以上の場合:19,800円
 A一名の場合   :25,600円
ヤムドク湖日帰り
 @二名以上の場合:18,500円
 A一名の場合   :29,600円

★お申し込みは、チベット入域許可書の申請の代行の「お申し込み書」にて、入域許可書のお申し込みと一緒にお申し込み下さい。
★オプションに関する取り消し料は、次の通りです。
 ●ご利用日の15日前まで:無料
 ●ご利用日の4日前まで:30%
 ●ご利用日の3日の前から:全額

《青蔵鉄道(北京〜ラサ)に関する情報》

  • 北京〜ラサ 運転距離は4064キロ
  • 北京発21:30→翌翌日 20:00ラサ着
  • 主な停車駅:石家荘、西安、蘭州、西寧、徳令哈、ゴルムド、トト河、安多、那曲、当雄
  • 首都・北京とチベット自治区の区都・ラサを結ぶ総延長4064`の鉄道。内外からの強い関心を集めているのは、世界の鉄道史上初めて標高5000bを越える地点で運行されることです。最も高いところにある駅は唐古拉山口駅、標高5072メートルです。標高4000メートル以上の部分が960キロメートルといいます。崑崙山脈、チベット高原、長江の源流であるトト河を越えて行きます。鉄道ファンならずとも、一度は経験をしてみたい列車です。
  • これだけの高地を走る列車だけに高山病対策にも気が配られており、気密性を保つ設計、すべての座席に酸素ボンベの常備などです。

《入域許可書に関する一般情報》

  • チベットに入るための航空券やバスのチケットを購入するにはチベット旅游局が発行する「入域許可書」が必要です。
  • 当社はその代行申請を行っております。
  • 現在、日本のパスポートをもっていて15日以内の滞在であればビザは免除されていますがチベットは例外です。チベットに入るためにはビザの取得を求められています。但し、「入域許可書」を申請やチケットの購入にはビザ番号は必要ありませんので日本出発前に取得しておけば大丈夫です。
  • ラサ以外の地区へ行くためには、公安が発行するの「外国人旅行証」が必要です。それを、北京や成都や西寧で取ることはできません。
  • ラサ以外の地区へ行くためには、ラサで公安に行き、手続きをする必要があります。現地の旅行社のツアーに参加する場合には、彼らが許可をとってくれます。ただし、いつでもツアーがあるとは限りません。費用はかかりますが、あらかじめ個人旅行として、車・ガイド・ホテルの手配をしておくのが安全です。

↑ ページのトップへ

 青海チベット鉄道 (西寧〜ラサ)
 2006年7月に運転を開始した西寧〜ラサの青蔵鉄道は中国の内外で大きなブームとなり席の予約がしにくい状況ですが、当社として、西寧駅とのパイプもでき座席の確保、入域許可書の取得について問題のない段階まできましたので当サービスを始めることにしました。
 ご活用いただければ幸いです。

 列車には三種類の席があります。軟臥と硬臥と硬座。
 <軟臥>:4人一部屋のコンパートメント。二段ベッド
 <硬臥>:三段ベッド。部屋にはなっていません
 <硬座>:二等の座席
 このすべての種類の席の手配を承ります。

 お申し込み・ご契約に関しては、当社は中国の旅行社でありますので、お客様の利便性を考慮し日本の旅行業法に定める登録旅行社である(株)パシフィックリゾートへのお申し込み・ご契約をお願いしております。

青海チベット鉄道(西寧〜ラサ)
費用:「チベット入域許可書」申請の代行 プラス
 @西寧〜ラサ片道の列車軟臥席=48,500円
 A西寧〜ラサ片道の列車硬臥席=41,500円
 B西寧〜ラサ片道の列車硬座席=32,000円

■西寧始発ラサ行きと蘭州始発西寧経由のラサ行きが交互に隔日運行されています。お申し込みに当たっては、西寧始発の日をお選びいただくと取れる確率がはるかに高くなります。
■  2008年の西寧始発の日は以下の通りです:
  2月、4月、5月、8月、11月、12月の奇数日
  1月、3月、6月、7月、9月、10月の偶数日
■中国国内の大型連休にあたる4月28〜5月7日、8月1日〜31日、9月28日〜10月7日の乗車分については、各座席3,000円のアップになります。

申請に必要なもの:パスポート番号、ビザ番号、生年月日、職業、チベット内での日程、パスポートコピー
申請に要する日数:2週間
チケット受領場所:西寧
入域許可書受領場所:ラサ
取り消し料規定:ご送金後、西寧発の7日前までは50%
ご送金後、西寧発の6日前以降は100%
お申し込み:(株)パシフィックリゾートへのお申し込みになります。こちらの「お申し込みフォーム」からお願いします。
日本事務所:(株)パシフィックリゾート内に日本事務所を設置しています。どんなことでも結構です。日本代表宛のへメイルでお問い合わせ下さい。

《お申し込みの流れ》
@ お申し込み(株)パシフィックリゾートへのお申し込みになります。こちらの「お申し込みフォーム」から申し込みください。
A お振り込み@「申し込みフォーム」を受け取り次第、(株)パシフィックリゾートから日本でのお振り込み銀行をご連絡します
A費用全額をお振り込み下さい
B 現地での申請・手配@日本でのお振り込みが確認され次第、西寧にて入域許可書の申請と列車の手配を行います
Aお振り込み後の取り消しは、当件に関する(株)パシフィックリゾートの取り消し料規定によります。
C チケットの受領@西寧到着後、当社が指定する現地旅行社にてチケットをピックアップ、
Aまたラサ到着時に入域許可書をお受け取りいただきます。

《オプション》
(1)ホテル
ラサ三星ホテル(紅山賓館など)1 TWIN 8,000円
  (但し8月は12,000円)

(2)航空券手配
ラサ〜成都: 28,500円(燃油サーチャージ込み)
ラサ〜北京: 44,300円(燃油サーチャージ込み)
ラサ〜広州: 45,400円(燃油サーチャージ込み)
北京〜西寧: 27,600円(燃油サーチャージ込み)

(3)ラサでの観光(昼食付き)
ラサ市内(ノルブリンカ、ポタラ宮、大昭寺、八角街)
 @二名以上の場合:19,800円
 A一名の場合   :25,600円
ヤムドク湖日帰り
 @二名以上の場合:18,500円
 A一名の場合   :29,600円

★お申し込みは、チベット入域許可書の申請の代行の「お申し込み書」にて、入域許可書のお申し込みと一緒にお申し込み下さい。
★オプションに関する取り消し料は、次の通りです。
 ●ご利用日の15日前まで:無料
 ●ご利用日の4日前まで:30%
 ●ご利用日の3日の前から:全額

《青蔵鉄道(西寧〜ラサ)に関する情報》

  • 西寧〜ラサ 運転距離は1972キロ
  • 西寧20:28→翌日 21:50ラサ着
    ラサ11:20→翌日 11:44西寧着
    (西寧始発は隔日運行ですが蘭州始発と併せて毎日の運行になります)
  • 主な停車駅:徳令哈、ゴルムド、トト河、安多、那曲、当雄
  • 青海省の省都・西寧とチベット自治区の区都・ラサを結ぶ総延長1956`の鉄道。内外からの強い関心を集めているのは、世界の鉄道史上初めて標高5000bを越える地点で運行されることです。最も高いところにある駅は唐古拉山口駅、標高5072メートルです。標高4000メートル以上の部分が960キロメートルといいます。崑崙山脈、チベット高原、長江の源流であるトト河を越えて行きます。鉄道ファンならずとも、一度は経験をしてみたい列車です。
  • これだけの高地を走る列車だけに高山病対策にも気が配られており、気密性を保つ設計、すべての座席に酸素ボンベの常備などです。

《入域許可書に関する一般情報》

  • チベットに入るための航空券やバスのチケットを購入するにはチベット旅游局が発行する「入域許可書」が必要です。
  • 現在、日本のパスポートをもっていればビザなしで中国へ入国できますが、「入域許可書」を申請するには、中国ビザを事前に取得しておく必要があります。
  • 西寧で取得する「入域許可書」(当社が代行を行っているのはこれです)はラサへ入るためのチケットを購入するためのものです。
  • ラサ以外の地区へ行くためには、公安が発行するの「外国人旅行証」が必要です。それを、西寧や成都、北京で取ることはできません。
  • ラサ以外の地区へ行くためには、ラサで公安に行き、手続きをする必要があります。現地の旅行社のツアーに参加する場合には、彼らが許可をとってくれます。ただし、いつでもツアーがあるとは限りません。費用はかかりますが、あらかじめ個人旅行として、車・ガイド・ホテルの手配をしておくのが安全です。

↑ ページのトップへ

 成都〜ラサの航空座席
 ラサへ入るには、成都から空路を利用するのが最も手軽です。毎日5往復を越える便があり、他の都市に較べてラサとの線が格段に太いからです。
 しかしながら、成都〜ラサの航空券を日本で入手することはできません。また、成都の航空会社の窓口で購入することもできません。それは、成都〜ラサの航空券を購入するには、まずチベット旅游局の発行する「入域許可書」を申請・受領し、それを成都の旅行社に提出することで初めて航空券の手配が可能になる、というルールになっているからです。
「入域許可書」の申請・受領には数日を要し、しかも、最近は飛行機の席が混んでいるため、席を取るためにまた数日待たねばならないということも発生しております。
 当サービスは、その不便さと不安定さを取り除き、お客様が日本から成都に到着したときには、成都〜ラサの航空券が確実にご用意できている、そのことを実現させるためのものです。

 お申し込み・ご契約に関しては、当社は中国の旅行社でありますので、お客様の利便性を考慮し日本の旅行業法に定める登録旅行社である(株)パシフィックリゾートへのお申し込み・ご契約をお願いしております。

成都〜ラサの航空座席
費用:「チベット入域許可書」申請の代行 プラス
 @成都〜ラサ往復の航空券=66,900円
 A成都〜ラサ片道の航空券=40,900円
申請に必要なもの:パスポート番号、ビザ番号、生年月日、職業、チベット内での日程、パスポートコピー
申請に要する日数:2週間
航空券受領場所:成都
入域許可書受領場所:成都
取り消し料規定:ご送金後、成都〜ラサの移動日の5日前までは50%
ご送金後、成都〜ラサの移動日の4日前以降は100%
お申し込み:(株)パシフィックリゾートへのお申し込みになります。
こちらの「お申し込みフォーム」からお願いします。
日本事務所:(株)パシフィックリゾート内に日本事務所を設置しています。どんなことでも結構です。日本代表宛のへメイルでお問い合わせ下さい。

《お申し込みの流れ》
@ お申し込み(株)パシフィックリゾートへのお申し込みになります。
こちらの「お申し込みフォーム」から申し込みください。
A お振り込み@「申し込みフォーム」を受け取り次第、(株)パシフィックリゾートより日本でのお振り込み銀行をご連絡します
A費用全額をお振り込み下さい
B 現地での申請・手配@日本でのお振り込みが確認され次第、成都にて入域許可書の申請と航空券の手配を行います
Aお振り込み後の取り消しは、当件に関する(株)パシフィックリゾートの取り消し料規定によります。
C 航空券類の受領@成都到着後、当社にて航空券と入域許可書をピックアップしていただきます。

《オプション》
(1)ホテル
成都三星ホテル(成都飯店など)1 TWIN 6,500円
 四星ホテル(安国飯店など)1 TWIN 8,500円
ラサ三星ホテル(紅山賓館など)1 TWIN 8,000円
  (但し8月は12,000円)

(2)空港での迎えとホテルへの送り
成都1回三人まで:3,600円
ラサ1回三人まで:12,000円

(3)ラサでの観光(昼食付き)
ラサ市内(ノルブリンカ、ポタラ宮、大昭寺、八角街)
 @二名以上の場合:19,800円
 A一名の場合   :25,600円
ヤムドク湖日帰り
 @二名以上の場合:18,500円
 A一名の場合   :29,600円
(4)ラサからの航空券手配
ラサ〜北京: 44,300円(燃油サーチャージ込み)
ラサ〜広州: 45,400円(燃油サーチャージ込み)

★お申し込みは、チベット入域許可書の申請の代行の「お申し込み書」にて、入域許可書のお申し込みと一緒にお申し込み下さい。
★オプションに関する取り消し料は、次の通りです。
 ●ご利用日の15日前まで:無料
 ●ご利用日の4日前まで:30%
 ●ご利用日の3日の前から:全額

《入域許可書に関する一般情報》

  • チベットに入るため、あるいはチベットへの航空券やバスのチケットを購入するにはチベット旅游局が発行する「入域許可書」が必要です。
  • 現在、日本のパスポートをもち15日以内の滞在であればビザは免除されていますがチベットは例外です。ビザの取得が必要です。ただし「入域許可書」の申請やチケットの購入にはビザ番号は必要ありませんので、日本出発前に取得しておけば大丈夫です。
  • ラサ以外の地区へ行くためには、公安が発行するの「外国人旅行証」が必要です。それを、成都や西寧、北京で取ることはできません。
  • ラサ以外の地区へ行くためには、ラサで公安に行き、手続きをする必要があります。現地の旅行社のツアーに参加する場合には、彼らが許可をとってくれます。ただし、いつでもツアーがあるとは限りません。費用はかかりますが、あらかじめ個人旅行として、車・ガイド・ホテルの手配をしておくのが安全です。

↑ ページのトップへ

 日本語定期ツアー情報
 当社は北京〜ラサ、西寧〜ラサの青蔵鉄道の列車のチケット、成都〜ラサの航空券の手配のほかラサにある昌都国際旅行社との共同主催で下記の二つの日本語定期ツアーを運行しております。

(1)ラサ集合〜カイラス〜ラサ:12泊13日(22,400中国元)
(2)ラサ〜カイラス〜カシュガル:14泊15日(34,500中国元)

 日本語ガイドが付きますし、さほどの無理なく安全に辺境の地をご旅行できるよう工夫されたコースです。料金も日本で販売されているパッケージツアーに比べかなり格安になっております。
 詳細は当社の提携会社である、「旅チャイナ」のホームページをご覧下さい。

 チベット百科
<オムマニベメフム>
 チベットは祈りの王国である。チベット中に祈りが満ちている。
 甘粛省のラブロン寺。
 朝の五時、暗いうちから教堂では勤行が始まる。最盛期の三千人には及ばぬものの、現在七百名の僧を擁する。薄暗いなかに灯明の灯りが揺れ、読経の声が、うねるように湧き上がるように響く。冬の朝の冷たい空気をピリピリと振るわす。
 その頃には、堂の外では、巡礼の人々が桑炉で柏の葉やツアンバを燃やす姿が見られる。真っ白い煙の中で両手を会わせる。話を聞いた老人は69歳。二十キロほど離れた草原に住んでいる。毎月、一日、五日、十三日の日には、真夜中に出発し馬で二時間かけて祈りに来るという。
 すっかり明るくなる頃には、巡礼の群れがお堂をコルラする。右回り右回り。マニ車を廻しながら何回も何回も巡る。
 お堂は幾つもある。十も二十も。どのお堂の周りにも、巡礼の群れがある。右回り右回り。
 すべてのお堂を囲んで寺の塀がある。その塀の周りを、これまた、巡礼がコルラする。右回り右回り。
 お堂のなかに祈りが満ち、お堂の周りにも祈りがあり、そのお堂が幾つもあって、その全部を取り巻いて、また祈りがある。

 人々が口に唱える祈りの言葉は、「オムマニベメフム」。観音菩薩を称えるタントラ(真言)。「蓮華にある宝珠に幸あれ」という意味だという。「オムマニベメフム」「オムマニベメフム」。
 少なくとも、チベット仏教では、蓮華の花弁は観音菩薩を象徴している。蓮華にある宝珠とは、観音菩薩にほかならない。「オムマニベメフム」「オムマニベメフム」。

 チベットは祈りに満ちた地。不思議なところだ。

↑ ページのトップへ

<観音菩薩>
 チベットの人々の信仰とは、観音菩薩がチベットの民を救い尽くす、という信仰である。
 ポタラ宮という。ポタラという名は、サンスクリットのポータラカに由来する。ポータラカは観音菩薩の住むところを意味し、南瞻部洲(インド)にあったことになっている。
(ポータラカはインドから中国、日本にも伝わり、中国では、浙江省の舟山群島の普陀山をポータラカと考えた。日本では和歌山県の那智などを補陀落として信仰してきた)
 また、ダライ・ラマが、チベットで絶対的な信仰を集めるのは、ダライ・ラマが観音菩薩の化身だとされるからである。
 一方、パンチェン・ラマは観音菩薩の化身とされる。もともと仏教では、観音菩薩は阿弥陀仏の脇侍である。阿弥陀仏の左に慈悲無限菩薩としてひかえ、右には知恵の象徴である勢至菩薩がひかえる。
 ところが、チベットでは、ダライ・ラマの方が圧倒的に上位におかれる。それは、自分たちを救うのは観音菩薩であるという信仰からきている。

 では、なぜ、チベットでは観音菩薩が彼らを救うことになっているのか?
 本願寺大谷光瑞の命を受けてタクラマカン砂漠に赴いたのが橘瑞超なら、チベットに向かったのは青木文教。ラサに滞在すること三年。その青木文教が著す『秘密国チベット』にこうある。

「チベット古代史にある伝説に従うと、西方極楽の在せる阿弥陀如来は、一日かの慈悲の分身であるところの観自在菩薩に勅して南瞻部洲(すなわちインドの地)に降り、無仏教地たるチベットに聖法を宣布せよと命ぜられた。観音菩薩は勅を畏みてインドに降臨し先ずその宮殿として、インドの南端に突出せるコモリン岬の抱ける港湾を俯瞰する大きな巌上にポタラを選定せられた。それから観音菩薩はこの世界における無仏の地たる「雪有邦土」すなわち今日のチベットに開教するため、早速「北方の雪邦」に向われ、神変力をもって猿猴及び羅刹女より人類を創造せられ、ついに仏法弘通の機縁を得られたものとある。

 こういうことから、チベット人は観音菩薩を自分たちの救済者として受け入れているとされる。

 上にある「猿猴と羅刹女」の物語については、石濱裕美子氏の解説があるのでそれを引用させていただく。羅刹女とは女の羅刹。羅刹とは、人の肉を食う凶暴な悪鬼を言う。

 まだ、チベットが無人の荒野だった頃、観音菩薩は一匹の猿を化現し、その猿に居士の戒を授けてチベットに瞑想修行に赴かせた。猿が岩山で瞑想をしていると、一匹の羅刹女がやってきてさまざまに媚態を示した。居士の猿が動じないと、羅刹女は娘の姿に化し、夫婦になることを迫った。それでも居士の猿が断ると「では、私は羅刹と結婚して、昼には万の生き物を殺し、夜には千の生き物を食おう。羅刹の子供を無数に産んで、有説の王国(チベットの美称)を羅刹の城にかえてやろう」といった。ここまでは、チベット版安珍・清姫伝説であるが、この先チベット版は日本版と異なって悲劇には終わらない。  居士の猿は「このものを妻にすれば戒律を破ることになるし、妻にしなければさらに殺生を行う結果となる」と悩み、ポタラの観音菩薩のもとに助言を求めに向かった。すると、観音菩薩も二人のターラも結婚を勧めたので居士の猿は羅刹女と夫婦になった。この二人の子供の末裔がチベット人の起源と言われている。
(『チベット歴史紀行』河出書房新社)

↑ ページのトップへ

<バターの灯明>
 チベットの寺に満ちているもの。ひとつは祈りである。もうひとつある。それは、バターの焼ける臭い。ヤクの乳で作るバターである。
 巡礼の人々は寺に詣でるとき、このバターを持ってお堂を巡り、奉納して歩く。人々から寄進された灯明で、お堂の灯りは消えることがない。「自分が捧げたバターで今も釈迦牟尼像が照らされている」。こう思うことは気持ちの良いことかも知れぬ。

 さて、祈りとバターの焼ける臭い。これがチベット寺院には詰まっている。濃密な祈りと、濃密な臭い。
 最初は、バターの臭いに違和感を感じるものだ。日本人のお寺に対するイメージ、あるいは美意識とは必ずしも合わない。動物質の臭い。テカテカした感じ。それこそバタくさい。
 それでも、馴れて来るに従い、「なるほど。これで良いのだ」と思うようになる。
 五ヶ月も六ヶ月もかけて巡礼がやってくる。なかには五体投地でやってくる人もいる。そういう信仰である。密度の濃い祈りがある。その濃さに合った灯明がヤクのバターである。選んだわけではない。チベットは不毛の地。ヤクのバター以外に灯明なんて考えられない。選んだわけではないが、チベットでは、祈りは濃密になり、灯明は臭くなる。
 そこで祈りの対象になり、灯明に照らされているのは、赤や青の原色の仏画であり、人の骸骨を数珠繋ぎにして首からかけた忿怒の像であり、妃をかき抱いた歓喜仏であったりする。
 そういう濃密さ、強烈さにおいて、ヤクのバターこそが見合っている。

 というわけで、チベットの寺の魅力は、は濃密な祈りとバターの灯明の臭い。

↑ ページのトップへ

<五体投地>
 チベット語でキャンチャ。
 旅行案内書などには、「両手の掌を合わせ、はじめは頭、次に口、最後に胸にあてて、手を離し全身を前に投げ出す。チベットの定番的礼拝方法。ありがたい仏像の前ではあなたもどうぞ!」などと書かれているが、チベット人にとってはもう少し深刻なことかも知れない。

 合わせた掌を、頭と口と胸にもってゆくのは意味がある。
 仏教徒として縁起論を受け入れる。この世のすべての事には実体がない。あるのは、原因と結果の繰り返しだ、と。現世の自分は前世の自分の結果だと、この結果としての現世が、来世の原因になる。
 輪廻という。何かが持続する。実体としての私が持続するのではない。原因と結果の輪が持続する。現世の間に、できるだけよい「原因」をなし、来世によい「結果」を残したい。少なくともチベット仏教はこう考える。よい「原因」とは、外界に対する良い働きかけであり、外界に対する働きかけというのは、身体、言語、意識の三つの門を通じて行われる。シャカムニの三つの門、身体、言語、意識を象徴するのが仏像であり、仏典であり、仏塔である。人においては、頭であり口であり胸である。
 五体投地で、合わせた掌を、頭と口と胸にもってゆく。もってゆくだけではない。合わせた掌を頭に置きこう念ずる。「この身体がこれまでになしてきた罪を清めたまえ」と。口の前に置きこう念ずる。「この口がこれまでになしてきた罪を清めたまえ」と。胸の前に置きこう念ずる。「この心がこれまでになしてきたし罪を清めたまえ」。
 こうやって、罪を罪として懺悔し、許しを求めるべく全身を投げ出す。
 五体投地の意味を理解するためのポイントは、おそらく、輪廻する自分と、在ることによってなしてしまう罪、キリスト教の原罪意識にも似た罪の意識、にあるのではないだろうか。

↑ ページのトップへ

<ツアンバ>
 チベット人の主食である。裸麦(チンコー)を炒って挽いて粉にしたもの。日本でいう「麦こがし」に当たる。
 それに、バター茶を注いで、指でこね、適度の堅さ適度の大きさにして食べる。
 チベットの大地は、ほとんどの地域で、裸麦以外の穀物を産しない。これを食べて成長し、これを食べて生きる。日本人にとっての白米よりも、もっと密接に人々の生活、人々の人生に結びついたものである。
 フランス人のチベット学者フランソワーズ・ポマレは『チベット』(訳:後藤淳一)のなかでこういう。
「1959年、インドのカリンポンで発行されている『ザ・チベット・ミラー』紙に、抵抗へのアピールが掲載された。このアピールはチベット人ではなく、「ツアンパを食べるすべての人々」に向けられたものであった。それほどに、大麦を炒って作られるツアンパは、チベット人のアイデンティティの象徴なのである。
 チベットに馴染みの深い日本人として真っ先に思い浮かぶのは河口慧海と西川一三である。一方は、明治の三十年代、大乗仏典の原書を求めて単身、鎖国中の、チベットへ向かう。一方は、第二次世界大戦の終戦を挟んで、モンゴル人に変装して蒙古から青海を越えてラサへ辿り着く。その体験記『チベット旅行記』と『秘境西域八年の潜行』は、読むに身震いがするほど凄い本であるが、ともに、ツアンバについての記述も多い。
 河口慧海が関所を避け、雪のヒマラヤを越えてチベットに向かう場面である。
かつて日本を出発するとき、私は三年後にはチベットの国境にはいれよう。準備のため三年はかかると考えていたが、ちょうど三年目に、すなわち明治三〇年六月二六日に出発して、明治三三年七月四日にこの国境に着いたので、自分の想像が違わなかったうれしさに耐えられなかった。
 とにかくからだが疲れているので、まずその辺で一と休みと思ったが、どうにも雪ばかりでよいところがない……。
そこで袋の中から麦焦しの粉を出して椀の中に入れ、それに雪と幾らかのバターを加えて、うまいぐあいにこねる。また一方の椀には、トウガラシと塩を入れておいて、そして一方の麦焦しを雪とバターでよくこねて、そのトウガラシの粉と塩とをつけて食うのである。そのうまさは、実に極楽世界の百味の飲食もこれにおよぶまいか、と思うほどうまかった。
 そこでまあ椀で二杯くらい食うと、それでその日の食事はすむ。
 豪放でもあり、チベットの国境に着いた喜びにツアンバを食い、「極楽世界」の味と乙に入っているところはユーモラスでもある。
 一方の西川も面白い。
このザンバーをこねるにはなかなか熟練を要し、初めはお茶が多かったり少なかったりしてぐちゃぐちゃになったり、バサバサになったりでなかなか量加減がむつかしく、また左手で椀を回しながら、右指先でこねるのに大変な技術を要するのである。ザンバーをこぼし、落として胸前を真白くしたりするのが常である。またいくら椀を回しながら指先でこねても、お茶とザンバーがなかなか練り合わないのに苦労する。しかし、やがてこれをうまくこねることができてザンバーの味がわかって来れば、箸を使って刺身の味を知った西洋人が一人前の日本通になると同様、一人前に西北の民とともになることができるのだ。
 それぞれのチベット体験があり、それぞれのツアンバがある、というところだろうか。

↑ ページのトップへ

<地理・気候>
 チベットというのは、特異な文明を持っている。その意味で、どこまでがチベットなのか、どこからがチベットなのか、という議論は興味深いものである。
 チョルテン(仏塔)が建てられタルチョ(お経を印刷した五色の布)がはためき、人々がマニ車を廻しながらコルラ(巡礼)していればそこはチベットだ、と言われればそういう気もする。
 また、青海省を、西寧から青海湖に向かうとき日月山の峠を越えて行く。それまでは、大麦やら裸麦の畑が見えるが、峠を越えると景色は一変し、果てしなくうち続く大草原の世界になる。そこに放牧されているのはヤク。大草原の先には六千メートル、七千メートルの夏も雪を頂いた峰峰。同じ青海省なのだが、「ああ、チベットの世界に入ってきたなあ」と思う。

 ただここでは、「チベットとは何か」という関心はとりあえず措き、行政単位としてのチベット自治区に的を絞った上で、その地理的な状況だけを一瞥することにしよう。
 北の境を画すのは崑崙山脈。南の境を画すのはヒマラヤ山脈。西にあるのはパミール高原。東にあるのは雲貴高原。何ともスケールが大きい。
 東西に2000キロ。南北に1000キロ。面積は123万平方キロ。
 人口は250万人というから、日本と較べ、面積で三倍、人口で五分の一、ということになる。

 地理的状況を説明しようとするとき、チベットの場合、他の地区にはない数字が出てくるから面白い。それは、高度である。
 自治区全土の平均高度は4000メートル。全体的には東から西に行くほど高くなってゆく。主な都市の高度は次の通り。

ラサ3658メートル
ギャンツェ4040メートル
シガツェ3836メートル
ダム(樟木)2350メートル
タルチェン4585メートル
ドルマ・ラ5630メートル
マナサロワール4588メートル
アリ(獅泉河)4280メートル

 気候については、高原性寒冷地帯に属す。基本的には寒い。夏の旅行でもセーターの用意は必要。
 季節は、夏と冬の二季。夏は短く、5月〜9月。冬は10月〜4月。
 また、雨期の乾季がある。一般の旅行シーズンである6月〜9月がちょうど雨期と重なるが、一日中しとしと降るというよりもにわか雨のように一気に降る雨である。

 ラサでの平均気温は次の通り。単位は℃。

一月 二月 三月 四月 五月 六月
平均気温 -2.3 1.1 4.5 8.3 12.3 15.4
平均最高 6.8 9.2 12.0 15.7 19.7 22.5
平均最低 -10.2 -6.9 -3.2 0.9 5.1 9.2

七月 八月 九月 十月 十一月 十二月
平均気温 15.1 14.3 12.7 8.2 2.3 -1.7
平均最高 21.7 20.7 19.6 16.4 11.6 7.7
平均最低 9.9 9.4 7.6 1.4 -5.0 -9.0
(資料提供:中国国家旅游局)

↑ ページのトップへ

<高山病>
 一般に、日本人の場合、2400メートルの地点で五人に一人は高度障害を起こすという。症状としては、頭痛、めまい、倦怠感、吐き気などである。
 ラサの標高は3658メートル。この高さだと、ほぼ百パーセント、何らかの高度障害があるはずである。
 空気の量は、海抜ゼロメートルの地点に較べ、3000メートルで70%に、5500メートルで50%になる。
 カイラス巡礼の最高地点はドルマ・ラ。ここは、5630メートル。つまり、空気の量は、半分になる。したがって酸素の量も半分になる。息苦しいのは当然で、普通に呼吸をしても、平地の半分しか酸素を吸入していないことになる。
 この高度では、チベット人のなかにも高度障害で苦しむ人が出てくる。高山病のチベット人なんて、船酔いの船長さんみたいなもので、ハタで見ればおかしなものだが本人にとっては深刻だ。

 高度障害に対して敏感な人、鈍感な人。まったく個人の差だという。性別、年齢、職業、年収などに関係なく、個人の差としてあるという。また、ラサ辺りであれば、二三日もすれば大抵馴化して高度障害は消えて行くものだ。このスピードにも個人差がある。早く感じた人が早く馴化するとは限らない。逆もしかり。

 頭痛、めまいぐらいならよいのだが、恐いのは高地脳浮腫、高地肺浮腫。ともに命にかかわる。

高地肺水腫: 肺に水分が浸み出す。呼吸が苦しくなり、呼吸とともにガラガラする音がしたり、せきや血痰がみられる。
高地脳水腫: 平衡感覚を失い、足元がふらつきバランスを崩してころぶ、意識を失うなどの症状が出現する。

「日本旅行医学会」のホームページによると、高山病の予防・治療に効果のある薬として三つを挙げている。
@アセタゾラミド(商品名 ダイアモックス):「この薬を高地に上がる前に飲んでおけば山酔いを防止することができます。また症状が現れてからでも服用すれば早急に改善されます。この薬の作用により、血液が酸性となるために呼吸が刺激されて増加し、その結果高地に順応することができます。」
Aデキサメタゾン:「副腎皮質ホルモン剤ですが、山酔いと高地脳浮腫の予防と治療に効果があることが知られています。この薬剤により高山病の症状は改善しますが、高地に順応する効果はありません。そのため、服用している間だけ症状を抑えますので、もし高地にいく途中で薬がなくなったら、高山病の症状が急に現れる危険があります。」
Bニフェジピン:「高地肺水腫を起こしやすい人に対して、高地肺水腫を予防し改善することが知られています。」

 詳しくはこちらに: 「日本旅行医学会」ホームページ

↑ ページのトップへ

<ヤルツァンポ河>
 チベット自治区を東西に貫く。
 全長二九〇〇キロ。源はカイラス。標高四八〇〇メートルの高地に水源を発し、ヒマラヤ山脈の北麓の氷河の水を集めながらチベット高原を東に流れる。
 東流すること一四五〇キロ、ヒマラヤ山脈が尽きると南へ転じ、インドに入る。インドではプラマプトラ河と名を変え、バングラデシュでガンジス川と合流し、遙かベンガル湾にそそぐ。南アジアを代表する大河である。
 チベットの乾いた大地を潤す。流域にチンコー(裸麦)畑、菜の花畑を作り出し、西からサカ、ラツェ、シガツェ、ギャンツェ、ラサ、ツェダン。ほとんどの町がこの流域にある。チベットの母なる河である。
 独特の風格がある。特に雨期。流れを集め膨らむようにして流れる。しかも、標高3800メートルの大地。雲すれすれに豊かな水量のヤルツァンポの流れる様は、一度見たら忘れられない。
 ラサの空港からラサ市内に向かうとき、最初に出会うのもヤルツァンポである。橋を渡ってからは、その支流であるキ・チュ(ラサ川)に沿って市内に入る。

↑ ページのトップへ

<チベット歴史年表>
年代 出来事
B.C560年頃 ブッダ生誕。二十九歳で出家、三十五歳で悟りを得る。以後八◯歳で入滅するまで教化の旅を続ける。彼の教えが、のちに、チベットの歴史に決定的な影響を与えることになる。生没年については、別に、BC463〜BC383などの諸説がある。
   
B.C500年頃 初めての王朝がチベット高原南部ヤールン地方に成立。初代の王はニャティ・ツェンポ。天から降りてきたとも、インドからきたともいう。
   
B.C140年 第八代王ドリグム没す。初代から七代までの王は死後梯子を伝って天に帰ったとされるが、八代ドリグム以降は、梯子を失いこの地に葬られることになったとの伝説あり。
 九代の王はドリグムの子のポデグンヤル。このボデグヤルによってボン教が王家に導入されたという。
   
230年 第二十八代の王トリ・ニャンツェンの時に、仏教の経典がチベットにもたらされたという伝説が今に伝わっている。
   
630年 ソンツェン・カンボが第三十三代の王位に就く。彼の時代、国力強く、唐とネパールより妃を得る。また、トンミ・サンボータをインドに遣わし仏教の勉強をさせる。現存するチベット最古の仏教経典はトンミ・サンボータが持ち帰ったものとされる。帰国後仏教経典のチベット語訳に献身する。(在位:630〜649年)
   
649年 ソンツェン・カンボを継いで、マンソン・マンツェンが王位に就く。東部国境で唐との戦いが続くが、常に戦況を優位に保つ。(在位:649〜676年)
   
649年 ラサで天然痘が大流行。メアク・チュォム王(在位:704〜755年)ボン教僧侶たちの、「天然痘の流行は、新しい教を導入したことへのチベット古来の神々の怒りだ」との主張を容れ、仏教を弾圧。
   
763年 ティソン・デツェン王(在位:755〜797年)、唐の長安を攻め占領。
   
765年 ティソン・デツェン王、仏教再興のためインドの高僧シャーンタラクシタを招聘。シャーンタラクシタはのちにインドの高名な密教者・パドマサンバヴァをチベットに呼ぶ。チベット仏教四大宗派のひとつであるニンマ派(古派)はこのパドマサンバヴァの教えを後ろ盾とする。(在位:755〜797年)
   
779年 ティソン・デツェン王、チベット初の仏教僧院であるサムイェ寺を建設。併せて、仏教を国教とする。
   
821年 唐との盟約成立し国境線の確立、「唐蕃会盟碑」が三碑建てられる。ジョカンの前に建つ石碑がそのうちの一つである。時の王は、ラルパチェン(在位:815〜836年)。
   
836年 ラルパチェン王、仏教反対派により暗殺さる。ボン教擁護者の兄のランダルマ王位に就く(在位:836〜843年)。ランダルマ王、仏教を迫害。
   
843年 ランダルマ王、ベルギェ・ドルチェにより暗殺される。これにより、チベットは幾つもの地方政権に分裂。この状態が四百年続く。
   
1042年 チベット西部の国グゲ国がインドからアティーシャを招聘する。アティーシャの教えは、やがて、チベット全土に教えは広がり、仏教が復興することになる。彼の主著『覚りに至る道を照らす灯』の思想は、その後のチベット仏教の流れを決定する画期的なものであった。
   
1240年 チンギス・ハンの攻撃にさらされ、諸侯は朝貢を約す。
   
1247年 サキャ・ラマがゴーダンの求めに応じモンゴルへ向かう。ゴーダンの信任を得たサキャ・ラマは甥のパクパとともに仏教経典のモンゴル語訳を進める。ゴーダンは、サキャ・ラマにチベットにおける政治・軍事の後ろ盾となった。
   
1254年 パクパが、フビライ・ハーンよりチベットにおける政治支配権を与えられる。
   
1271年 フビライ・ハーンが元王朝の皇帝の位に就く。
   
1368年 元王朝滅び、明王朝が成立。
   
1409年 ツォンカパ、ラサの東にガンデン寺を建てゲルク派の本山とする。四百年前のアティーシャの厳格な戒律主義を継ぎ、当時の堕落したチベット仏教の大改革を実践。
   
1578年 デプン寺(ゲルク派)貫主であったソナム・ギャンツォはモンゴルの王侯・アルタンハンの要請を受け青海にが赴くが、そこでアルタンハンの帰依を受け、同時に「ダライラマ」の称号を受ける。ダライはモンゴル語の「大海」、ラマはチベット語の「師」の意味である。
 強力な軍事力を有するアルタンハンの帰依を受けたことで、ゲルク派は圧倒的な支配権を持つことになる。
 この時点で、転生活仏の制度が採用されており、ソナム・ギャンツォの一代前の転生者とされるゲンドゥン・ギャムツォと二代前の転生者とされるゲンドュン・トゥプパがそれぞれダライラマ二世、三世と追認された。
   
1642年 ダライラマ五世の就任。ダライラマがチベットの宗教、政治の双方における最高権力者として君臨するようになるのは、五世の時代からだといわれる。
 モンゴル・ホショット部の首領グシ・ハーンの支援を得ることで全チベットの支配権を手に入れる。
 七世紀の英雄、ソンツェン・カンボが砦を築いたマルポリの丘にポタラ宮を建設する。ポタラは観音の聖地を意味し、ダライラマは観音菩薩の化身であるという民衆の間に広まっていた信仰を確固たるものにするための「ポタラ」という命名であったとされる。
 同時に、ソンツェン・カンボが吐蕃王国の最盛期に担った栄光を自らの権威に取り込もうと意図したことは明らかである、
 パンチェンラマ制度を創始したのもダライラマ五世であった。パンチェンラマは阿弥陀如来の化身とされていたが、ここにダライラマ同様の転生制度を導入し、転生者をツァン地歩のタシルンポ寺の貫主とすることにした。五世の意図としては、ツァン地方の統治を安定的にするためのものであったが、実際には、その後パンチェンラマの宗教的権威が高まるにつれ、両者の間に不和が生じることになる。
   
1735年 清朝はラサに駐蔵大臣を置く。ダライラマ七世の時代。これにより、ダライラマ五世の時に確立したダライラマの政治的権限は、大きく制限されることになる。
   
1895年 ダライラマ十三世の親政はじまる。彼は、五世の時代のように、他国の干渉を排した中央集権的な国家の樹立を目指す野心家であった。
   
1910年 清の軍隊がラサを攻撃。ダライラマ十三世はインドへ亡命。
   
1911年 辛亥革命。清滅亡。
   
1913年 ダライラマ十三世インドから帰国。チベットに残っていた清の兵隊を一掃し、独立を宣言。(ただしこの独立宣言は国際的には承認されなかった)
   
1940年 ダライラマ十四世、即位。
   
1950年 中国軍のチベット侵攻。
   
1959年 ダライラマ十四世、インドへ亡命。
   

↑ ページのトップへ


チベットへのお誘い入域許可書について入域許可書の申請代行申し込みフォームチベット百科会社案内